一度も「普通」になれなかった私の、四十年
どのカテゴリにも当てはまらない話なので、ここに書かせてください。私は、ずっと「普通」になれなかった人間です。その四十年の話を、とても長く書きます。
子どものころから、私は少し変わった子どもでした。みんなが外で遊んでいるときに、教室の隅で虫の図鑑を読んでいる。みんなが流行りのアニメの話をしているときに、昨日見た雲の形の話をしている。先生からは「協調性がない」と言われ、通知表にはいつも「もう少しお友達と仲良くしましょう」と書かれていました。
自分では、何がおかしいのかわかりませんでした。私は、好きなことをしているだけなのに。でも、周りから浮いていることだけは、はっきりと感じていました。休み時間に一人でいると、クラスメイトがひそひそと何か話しているのが聞こえる。給食の時間に、隣の子が私から少し机を離す。そういう小さなことが、毎日積み重なっていきました。
中学生になって、私は「普通」になろうと決めました。流行りの音楽を聴いて、流行りのドラマを見て、みんなと同じ話題で笑う。好きでもない部活に入って、好きでもない友達と一緒に帰る。最初は、うまくいっているように思えました。クラスで浮くことはなくなって、友達と呼べる人もできました。でも、家に帰ると、ひどく疲れていました。自分じゃない誰かを、一日中演じているような感覚でした。
高校、大学と進んでも、私は「普通」を演じ続けました。就職活動では、みんなと同じリクルートスーツを着て、みんなと同じ受け答えをして、みんなと同じように内定をもらいました。会社に入ってからも、飲み会では笑顔で相づちを打ち、上司の冗談には笑い、同僚の噂話にも適当に乗りました。誰から見ても、私は「普通の会社員」だったと思います。
三十歳のとき、私は限界を迎えました。朝起きられなくなって、会社に行けなくなりました。病院で、いくつかの検査を受けて、私には発達の特性があることがわかりました。子どものころからの生きづらさの理由が、そのとき初めてわかったんです。
診断を受けたとき、最初に感じたのは、深い安堵でした。私が「普通」になれなかったのは、努力が足りなかったからでも、性格が悪かったからでもなかった。私の脳の特性が、たまたま多くの人と違っていただけだった。三十年間、自分を責め続けてきた重い荷物を、ようやく下ろせた気がしました。
でも、安堵のあとには、別の感情がやってきました。悔しさです。もっと早くわかっていたら、子どものころの私は、あんなに苦しまなくてよかったのかもしれない。中学生の私は、自分を偽らなくてよかったのかもしれない。失われた時間を思うと、悔しくて、悲しくて、しばらくは立ち直れませんでした。
休職している間、私は同じような特性を持つ人たちの集まりに参加しました。そこで出会った人たちは、みんなそれぞれに、「普通」になれない苦しさを抱えて生きてきた人たちでした。ある人は、音に敏感すぎて、オフィスで働けなかった。ある人は、人の表情が読めなくて、何度も人間関係で失敗してきた。ある人は、一つのことに夢中になりすぎて、他のことが全部おろそかになってしまう。みんな、違う形の生きづらさを抱えていました。でも、話していると、不思議と心が落ち着きました。ここでは、「普通」を演じなくていい。そう思えたのは、生まれて初めてでした。
集まりの中に、私より二十歳ほど年上の男性がいました。その人は、若いころからずっと、自分の特性に気づかずに苦労してきたそうです。でも今は、自分の特性に合った仕事を見つけて、穏やかに暮らしていると話していました。「普通になろうとするのをやめたら、楽になったよ。普通じゃない自分のまま、生きていける場所を探せばいいんだ」。その言葉が、私の生き方を変えるきっかけになりました。
復職するとき、私は会社に、自分の特性のことを伝えました。怖かった。でも、伝えなければ、また同じことの繰り返しになる。上司は、最初は戸惑っていましたが、産業医とも相談して、いくつかの配慮をしてくれることになりました。静かな席に移してもらう。指示は口頭だけでなく、文書でももらう。飲み会は、無理に参加しなくていい。小さなことですが、それだけで、仕事のしやすさがまったく違いました。
それから数年かけて、私は自分の特性に合った働き方、暮らし方を少しずつ見つけていきました。人の多い場所は苦手なので、休日は静かな場所で過ごす。一つのことに集中しすぎる特性は、細かい作業が必要な仕事に生かす。子どものころから好きだった虫の観察は、今も続けていて、週末には近所の雑木林で虫を探しています。四十歳を過ぎた大人が、虫取り網を持って林の中を歩いているのは、たぶん「普通」ではありません。でも、それが私です。
今、私は四十代です。「普通」には、たぶん一生なれません。でも、もうなろうとも思っていません。私は私のまま、私に合った場所で、私のペースで生きていけばいい。そう思えるようになるまでに、四十年かかりました。
子どものころの私に、教えてあげたいことがあります。教室の隅で虫の図鑑を読んでいたあなたは、何もおかしくなかったよ。雲の形の話をしていたあなたは、ただ、見えている世界が少し違っただけだよ。無理に「普通」にならなくていい。あなたのままで、ちゃんと生きていける場所があるから、と。
もし今、「普通」になれなくて苦しんでいる人がいたら、どうか、一人で抱えずに、医療機関や相談窓口、同じような人が集まる場所を頼ってみてください。あなたがおかしいわけではないかもしれない。ただ、あなたに合った場所に、まだ出会えていないだけかもしれません。
長い長い文章を、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。今週末も、雑木林に虫を探しに行く予定です。
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