長い長い、私の歩いてきた道
このサイトを見つけて、自分の歩いてきた道を、一度ちゃんと書いてみたいと思いました。どこにも分類できない、ごちゃまぜの人生なので、「その他」に入れさせてください。とても長いです。
私は海沿いの小さな町で生まれました。父は漁師で、母は魚の加工場で働いていました。家の前はすぐ海で、子どものころは毎日、潮の匂いの中で遊んでいました。夏は泳いで、冬は荒れた海を眺めて、春と秋は浜辺で貝を拾う。町には本屋もなく、映画館もなく、遊ぶ場所は海しかありませんでした。
中学生のころ、父が海の事故で亡くなりました。突然のことでした。その日の朝、いつものように「行ってくる」と言って家を出た父が、夕方には帰ってこなかった。母は、それから一人で私と弟を育ててくれました。加工場の仕事に加えて、夜は内職をして。母が泣いているところを、私は一度も見たことがありません。でも、夜中に起きたとき、台所で一人、父の写真を見つめている母の背中を、何度か見かけました。
高校を出て、私は町を出ました。都会の専門学校に進んで、デザインの勉強をしました。海しかない町から出て、初めて見た都会は、何もかもがまぶしかった。夜でも明るい街、たくさんの本屋、映画館、美術館。私は夢中になって、あらゆるものを吸収しようとしました。
専門学校を出て、小さなデザイン事務所に就職しました。毎日終電まで働いて、休日も仕事をして、それでも楽しかった。自分がデザインしたポスターが駅に貼られているのを見たときは、写真を撮って母に送りました。母からは、「よくわからないけど、すごいね」と返事が来ました。
二十代の後半に結婚しました。相手は、同じ事務所で働いていた人です。子どもが二人生まれて、私は事務所を辞めて、フリーランスとして家で仕事をするようになりました。子育てとデザインの仕事の両立は大変でしたが、子どもの寝顔を見ながら夜中にパソコンに向かう時間は、今思えば幸せな時間でした。
三十代の終わり、夫との関係がうまくいかなくなりました。何か大きな出来事があったわけではありません。少しずつ、すれ違いが積み重なっていった。話し合いを重ねて、最終的には離婚を選びました。子どもたちは私が引き取りました。離婚届を出した日、役所の帰り道で、子どもたちと一緒にクレープを食べました。子どもたちは何も言わずに、でも、いつもより少しだけ私にくっついて歩いていました。
シングルマザーになってからは、とにかく必死でした。デザインの仕事だけでは足りなくて、夜はファミレスでアルバイトもしました。子どもたちに寂しい思いをさせているんじゃないか、と毎晩のように自分を責めていました。そんなとき、田舎の母が電話をくれました。「あんたも、私と同じことしてるね」。母は笑っていました。私も、電話口で笑いました。そして、そのあとで少しだけ泣きました。
四十代は、あっという間に過ぎていきました。子どもたちの受験、反抗期、進学。母の病気と入院。私は都会と田舎を何度も往復しました。母は、五年の闘病の末に亡くなりました。最期の日、病室の窓から、あの海が見えていました。母は、父が帰ってこなかった海を、最期まで見つめていました。
母の葬儀のあと、実家を片付けていたら、引き出しの中から、私が昔送ったポスターの写真が出てきました。何十枚も、丁寧にアルバムに貼ってありました。「よくわからないけど、すごいね」と言っていた母は、私の仕事を、全部取っておいてくれたんです。アルバムを抱きしめて、実家の台所で、声を上げて泣きました。母の背中を見ていた、あの台所でした。
五十代になった今、子どもたちは二人とも独立しました。私は都会を離れて、生まれ育った海沿いの町に戻ってきました。母の家を少しだけ直して、そこで暮らしながら、リモートでデザインの仕事を続けています。毎朝、海を見ながらコーヒーを飲みます。子どものころと同じ潮の匂い。でも、見える海は、子どものころとは少し違って見えます。父が働いていた海。母が見つめていた海。そして、私が帰ってきた海。
最近、町の小さな商店のチラシや、地元のお祭りのポスターを、ボランティアでデザインしています。町には若い人が少なくなって、デザインができる人もいない。私が都会で身につけたことが、生まれた町で役に立つ。そのことが、なんだかとてもうれしいんです。
振り返ると、私の人生は、計画通りにいったことなんて一つもありませんでした。父の死も、離婚も、母の病気も、予想していなかった。でも、そのたびに、誰かが支えてくれて、なんとか歩いてくることができました。母、子どもたち、友人、仕事仲間、そして、名前も知らない誰かの小さな親切。
この文章を読んでいる人が、今、どんな道の途中にいるのかはわかりません。もしかしたら、つらい時期にいるのかもしれない。でも、一つだけ言えることがあります。道は、ちゃんと続いています。曲がりくねっていても、遠回りでも、一度来た道を戻ることになっても。私は、五十年以上かけて、生まれた場所に戻ってきました。それでも、出発したときとは、まったく違う景色が見えています。
長い長い話を、最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。あなたの道が、どうか、あなたらしく続いていきますように。
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