人間関係の長い話

縁側の猫(50代)さんの歩き方

人付き合いが下手なまま、五十年生きてきました。その中で、私なりに気づいたことを、思いつくまま書いてみます。長くなります。

子どものころの私は、とにかく人の顔色ばかりうかがっていました。父は機嫌が悪いと物に当たる人で、家の中の空気を読むことが、私の一番の仕事でした。その癖は、学校でも抜けませんでした。友達が少しでも不機嫌そうにしていると、自分が何か悪いことをしたんじゃないかと不安になる。休み時間は、誰かの機嫌をとることばかり考えていました。

高校生のころ、一人だけ、私の顔色うかがいに気づいた友人がいました。その子は、ある日の帰り道、「あんた、疲れない?」と聞きました。私は意味がわからなくて、笑ってごまかしました。でも、その一言は、ずっと心に残りました。

社会人になると、顔色をうかがう癖は、むしろ役に立ちました。上司の機嫌を察して、先回りして動く。お客さんの不満に、言われる前に気づく。周りからは「気が利く人」と言われました。でも、夜、家に帰ると、ぐったりと疲れて、何もする気が起きない毎日でした。

三十代の半ばで、私は職場の人間関係で大きくつまずきました。新しく来た上司が、私のことをまったく評価してくれなかったんです。どんなに先回りしても、どんなに気をつかっても、上司は不機嫌なままでした。今思えば、それは私のせいではなく、上司自身の問題だったのだと思います。でも、当時の私は、自分が悪いんだと思い込んで、どんどん自分を追い詰めていきました。

眠れなくなって、食べられなくなって、ある朝、会社に行こうとしたら体が動かなくなりました。病院に行くと、休むように言われました。休職している間、私はほとんど誰とも会いませんでした。誰かと会うと、また顔色をうかがってしまう気がして、怖かったんです。

そのころ、高校時代のあの友人から、たまたま連絡がありました。二十年ぶりくらいです。事情を話すと、友人は「やっぱり疲れてたんだね」と言いました。あの帰り道の言葉を、友人も覚えていたんです。

それから、友人とは月に一度、喫茶店で会うようになりました。友人は、私に何も求めませんでした。私が黙っていても、気にせずコーヒーを飲んでいる。私が何か話せば、うなずいて聞いてくれる。顔色をうかがわなくてもいい相手がいる、ということが、どれだけ心を楽にするか、私はそこで初めて知りました。

復職してから、私は少しずつ、人との付き合い方を変えていきました。全員の機嫌をとろうとするのをやめました。不機嫌な人がいても、それはその人の問題で、私が何とかしなければいけないものではない、と自分に言い聞かせました。最初はうまくいきませんでした。不機嫌な人を見ると、体が勝手に動いてしまう。でも、何年もかけて、少しずつ、自分と他人の間に線を引けるようになっていきました。

四十代になって、私はある気づきを得ました。人間関係は、「近い人」と「遠い人」を、自分で選んでいいものなんだ、ということです。若いころの私は、すべての人と同じ距離で付き合おうとしていました。誰にでも優しく、誰にでも気をつかって、誰とでも仲良くしようとしていた。でもそれは、全員に自分の心の一番内側まで入ってこられるようなものでした。疲れるのは当たり前です。

今の私は、心の中に、いくつかの部屋があるとイメージしています。一番奥の部屋に入れるのは、あの友人と、家族と、ほんの数人だけ。その手前の部屋には、仲のいい同僚や、趣味の仲間。玄関先で立ち話をするのは、近所の人や、仕事の取引先。そして、家の外ですれ違うだけの人たち。どの部屋に誰を入れるかは、私が決めていい。そう思えるようになってから、人付き合いがずっと楽になりました。

五十歳になった今も、人付き合いは得意ではありません。初対面の人と話すと緊張するし、大人数の集まりは今でも苦手です。でも、それでいいと思っています。苦手なことを苦手なまま、自分なりのやり方で付き合っていけばいい。

あの友人とは、今も月に一度、喫茶店で会っています。最近は、友人のほうが、仕事のことで悩んでいて、私が聞き役になることが増えました。友人がぽつりぽつりと話すのを聞きながら、私は、かつて友人が私にしてくれたように、何も求めずにコーヒーを飲んでいます。

人間関係で悩んでいる人に、何か言えることがあるとしたら、たった一人でいいから、顔色をうかがわなくていい相手を見つけてほしい、ということです。そういう人が一人いるだけで、他の人との付き合い方も、少しずつ変わっていきます。そして、もしまだその人に出会えていなくても、大丈夫です。私も、高校を卒業してから二十年、その人とまた会えるまで、ずっとひとりで顔色をうかがっていました。

長くなってしまいました。読んでくださって、ありがとうございます。

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