お金の長い話
三十年間、家計簿をつけてきました。結婚した年に買った一冊目から、今使っている三十一冊目まで、全部押し入れにしまってあります。その家計簿を見返しながら、私とお金の三十年を振り返ってみようと思います。長くなりますが、よかったらお付き合いください。
一冊目の家計簿は、結婚した年のものです。夫の給料は手取りで二十万円ちょっと。家賃が七万円、食費が四万円。ページの端に、「今月も赤字」と小さく書いてある月がいくつもあります。新婚のころは、お金がなくても、二人でいれば楽しかった。公園でお弁当を食べるのが、一番のデートでした。
五冊目あたりから、子どもの名前が登場します。長男が生まれた年です。ミルク代、おむつ代、小児科の診察代。家計簿の文字が、少し乱れています。夜泣きで眠れない日々の中で、それでも毎晩、レシートを見ながら家計簿をつけていたんだと思います。
十冊目のころ、家を買いました。三十年ローンです。契約書にハンコを押すとき、手が震えました。この先三十年、毎月この額を払い続けられるのか。家計簿には、ローンの返済額が毎月同じ数字で並んでいきます。その数字を見るたびに、身が引き締まる思いがしました。
十五冊目のころ、夫の会社の業績が悪くなって、ボーナスが出ない年がありました。家計簿には、赤字の月がまた増えていきます。私はパートに出ることにしました。スーパーのレジ打ちです。最初は慣れない仕事で、家に帰るとくたくたでした。でも、自分で稼いだお金を家計簿に書き込むとき、少しだけ誇らしい気持ちになりました。
二十冊目のころ、子どもたちが大学に進学しました。二人同時に学費がかかる時期は、本当に大変でした。家計簿を何度見直しても、お金が足りない。子どもたちには奨学金を借りてもらいました。それが、今でも少し申し訳ない気持ちとして残っています。でも、二人とも、自分で返していくと言ってくれました。
二十五冊目のころ、ようやく家計に余裕が出てきました。子どもたちが独立して、教育費がかからなくなったからです。夫と二人で、初めて海外旅行に行きました。家計簿には、旅行の費用が大きく書いてあって、その横に「ハワイ!」と書き込んであります。五十代になって、初めてのハワイでした。
二十八冊目の年、夫が定年退職しました。退職金でローンの残りを返しました。最後の返済をした日、家計簿のローンの欄に、大きく二重線を引きました。三十年近く、毎月書き続けた数字が、ようやく終わった。夫と二人で、その日の夜、少しいいお酒を飲みました。
今の家計簿は、年金生活の家計簿です。収入は減りましたが、出ていくお金も減りました。毎月、決まった額の中でやりくりする。若いころと同じように、レシートを見ながら、一円単位で書き込んでいます。
三十年分の家計簿を見返して、思うことがあります。お金があった年も、なかった年も、家計簿には同じように、毎日の暮らしが記録されている、ということです。赤字の月も、黒字の月も、その裏には、子どもの誕生日のケーキがあり、夫の入院があり、家族旅行があった。家計簿は、数字の記録であると同時に、私たち家族の日記でもありました。
お金のことで悩んでいる若い人に、何か言えることがあるとしたら、一つだけです。お金は大切だけれど、お金がすべてではない、ということ。私たち夫婦は、決して裕福ではありませんでした。でも、家計簿を一緒に見ながら、どうやりくりするかを話し合ってきた時間が、私たちの夫婦の形をつくってきたと思います。
もちろん、お金がなくて本当に困ったときは、一人で抱えずに、公的な相談窓口や専門家に頼ってほしいと思います。私もパートを始める前、市役所の相談窓口でいろいろな制度を教えてもらいました。知らないだけで、使える制度はたくさんあります。
三十一冊目の家計簿も、もうすぐ終わります。三十二冊目を買いに行くのが、今の小さな楽しみです。
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