家業を継がなかった
実家は小さな町工場でした。長男の僕が継ぐのが当たり前だと、親も親戚も思っていたし、僕自身もそう思っていた時期がありました。
大学を出て、都会で会社員になりました。継がないと決めたのは三十歳のときです。父に話したとき、父は怒りませんでした。ただ「そうか」と言って、それきり何日も口をききませんでした。
工場は父の代で閉めました。最後の日、僕も手伝いに行きました。機械を運び出したあとのがらんとした工場で、父が「これでよかったんだ」と言いました。それが僕に向けた言葉だったのか、自分に言い聞かせていたのか、今もわかりません。
継がなかったことを後悔しているかと聞かれたら、たぶん、していません。でも、工場の油のにおいを嗅ぐと、今でも少しだけ胸が苦しくなります。
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