不登校だった私が、学ぶことを好きになるまで
私は中学二年生から高校を卒業するまで、ほとんど学校に通えませんでした。いわゆる不登校です。この文章は、学校が怖かった私が、二十代になって、学ぶことを好きになるまでの話です。長いです。今、学校に行けなくて苦しんでいる人や、その家族の人に、少しでも届けばいいなと思って書きます。
学校に行けなくなったきっかけは、自分でもはっきりとはわかりません。いじめがあったわけでも、勉強についていけなかったわけでもありません。ある朝、いつものように制服を着て、玄関で靴を履こうとしたら、体が動かなくなりました。お腹が痛くなって、吐き気がして、どうしても家を出られなかった。その日から、学校に行こうとすると、同じことが起きるようになりました。
最初は、母も「今日だけ休んでいいよ」と言ってくれました。でも、それが一週間、一か月と続くと、母の顔から笑顔が消えていきました。父は、「甘えているだけだ」と怒りました。私自身も、なぜ学校に行けないのかわからなくて、自分を責め続けました。朝が来るのが怖くて、夜は眠れませんでした。
担任の先生が、何度か家に来てくれました。保健室なら来られるかな、と言われて、何度か保健室登校もしました。保健室の先生は優しくて、窓際の席で、ぼんやり外を眺めていても何も言いませんでした。でも、廊下から同級生の声が聞こえるたびに、心臓がぎゅっとなって、結局また行けなくなりました。
中学の卒業式には出られませんでした。高校は、通信制の高校に入りました。家で勉強して、月に数回だけ学校に行く。それなら行けるかもしれない、と思ったんです。でも、最初の一年は、ほとんど勉強できませんでした。教科書を開いても、文字が頭に入ってこない。レポートの締め切りが近づくと、また体調が悪くなる。何とか単位をとれたのは、通信制の先生が根気よく付き合ってくれたおかげです。
その時期、私の唯一の楽しみは、図書館でした。平日の昼間、学校に行っているはずの時間に図書館に行くのは、最初は後ろめたかった。でも、図書館の人は、何も聞きませんでした。私は毎日のように図書館に通って、小説や図鑑や、いろんな本を読みました。学校の勉強は頭に入らないのに、好きな本はすらすら読める。不思議でした。
特に夢中になったのは、星の本でした。宇宙の大きさ、星の一生、光の速さ。読んでいるうちに、自分の悩みが、宇宙の中ではとても小さなものに思えてきました。図書館の司書さんが、私が星の本ばかり借りているのに気づいて、ある日、新しく入った天文学の本を取っておいてくれました。「好きそうだと思って」。その一言が、とてもうれしかった。学校以外の場所で、私のことを見ていてくれる大人がいたんです。
通信制の高校は、四年かかって卒業しました。卒業したあと、どうするか迷いました。大学に行きたい気持ちはありました。星のことを、もっと学びたかった。でも、また学校に行けなくなったらどうしよう、という恐怖が、ずっと消えませんでした。
二年間、アルバイトをしながら過ごしました。コンビニの夜勤、倉庫の仕分け。人と話すのが苦手な私でも、何とか続けられる仕事を選びました。その間も、図書館には通い続けていました。そして、ある日、司書さんに大学のことを相談してみました。司書さんは、社会人や、いろんな事情を抱えた人が学べる大学があることを教えてくれました。
二十一歳で、私は通信制の大学に入学しました。今度は、自分で選んだ学びです。最初の授業のレポートのテーマは、星の観測の歴史でした。夢中で調べて、夢中で書きました。返ってきたレポートには、先生から「よく調べていますね。あなたの興味が伝わってきます」というコメントがついていました。それを読んで、部屋で一人で泣きました。学ぶことで、誰かに認めてもらえたのは、初めてだった気がします。
大学では、天文学の授業をたくさんとりました。数学や物理は苦手でしたが、星のことを知るために必要だと思うと、不思議と頑張れました。中学や高校のころは、なぜ勉強しなければいけないのかわからなかった。でも今は、知りたいことがあって、そのために勉強している。同じ勉強でも、まったく違うものに感じられました。
スクーリングで、初めて大学のキャンパスに行ったとき、足が震えました。また、体が動かなくなるんじゃないか。でも、教室には、いろんな年齢の人がいました。働きながら学んでいる人、子育てを終えてから学び始めた人、私と同じように学校に行けなかった時期がある人。誰も、私の過去を気にしていませんでした。みんな、それぞれの理由で、ここで学んでいました。
今、私は大学の四年生です。卒業研究のテーマは、星の観測を地域の子どもたちに伝える活動について。週末には、地元の科学館でボランティアをして、子どもたちに星の話をしています。目を輝かせて星の話を聞く子どもたちを見ていると、図書館で星の本を夢中で読んでいた、あのころの自分を思い出します。
不登校だったことを、後悔しているかと聞かれたら、正直、わかりません。普通に学校に通えていたら、もっと楽な道があったのかもしれない。でも、学校に行けなかったからこそ、図書館で星の本に出会えました。学校以外の場所で、私を見ていてくれる大人に出会えました。そして、自分で選んだ学びの楽しさを知ることができました。
今、学校に行けなくて苦しんでいる人に、伝えたいことがあります。学校に行けないことは、学べないことではありません。学ぶ場所は、学校だけじゃない。図書館でも、家でも、どこでも学べます。そして、学ぶタイミングは、人それぞれでいいんです。私は、二十代になってから、やっと学ぶことを好きになれました。
そして、そのご家族の方へ。私の母は、私が不登校だった間、ずっと苦しんでいたと思います。でも、最後には、私のペースを見守ってくれました。それが、どれだけ私の支えになったか。今は、母に心から感謝しています。一人で抱えずに、学校の先生や、地域の相談窓口、同じ経験をした家族の会などを頼ってみてください。
長い文章を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。今夜も、ベランダから星が見えるといいなと思っています。
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