家族の長い話

台所の窓(60代)さんの歩き方

六十を過ぎて、自分の家族のことを振り返る機会が増えました。少し長くなりますが、書いてみます。

私は五人きょうだいの真ん中に生まれました。父は大工、母は内職をしながら家を守っていました。家は狭く、子ども部屋なんてものはありません。夜は川の字どころか、布団を五枚敷き詰めて、きょうだい全員でくっついて寝ていました。冬は温かかったけれど、夏は暑くて、誰かの足がいつも顔に乗ってきました。

父は無口な人でした。仕事から帰ると、黙って晩酌をして、黙って寝る。子どもたちと遊んでくれた記憶は、ほとんどありません。でも、私が高校に合格したとき、父は仕事帰りに大きなケーキを買ってきました。後から母に聞いたら、父はケーキ屋の前を三回行ったり来たりして、ようやく店に入ったそうです。

母は、いつも台所にいました。台所の小さな窓から、外で遊ぶ私たちを見ていました。けんかをすると、窓から顔を出して「仲良くしなさい」と叱るのが母の役目でした。

二十四歳で結婚して、家を出ました。夫は会社員で、転勤が多く、三年ごとに知らない町に引っ越しました。子どもは二人。上の子は引っ越しのたびに友達と別れるのがつらくて、何度も泣きました。私も、知り合いのいない町で、一人で子育てをするのは心細かった。そんなとき、母がよく手紙をくれました。たいしたことは書いていません。近所の柿がなったとか、父が風邪をひいたとか。それでも、母の字を見るだけで、ほっとしました。

四十代の終わりに、父が亡くなりました。最後まで無口な父でしたが、病院のベッドで、私の手を握って「お前は、よくやってる」と言いました。父に褒められたのは、たぶんそれが最初で最後です。

それから十年、母は一人で実家に住み続けました。きょうだいで交代で様子を見に行きました。母は「一人のほうが気楽だよ」と笑っていましたが、帰り際にはいつも、台所の窓から、私の車が見えなくなるまで手を振っていました。

母は三年前に亡くなりました。実家は兄が引き継いで、今は兄の家族が住んでいます。先日、久しぶりに実家に行って、台所に立ってみました。窓から外を見ると、兄の孫たちが庭で遊んでいました。ああ、母はいつもこの景色を見ていたんだな、と思いました。

私も今は、孫がいる年になりました。自分の家の台所の窓から、孫が遊ぶのを見ていると、ふと母と同じことをしている自分に気づきます。けんかをしていたら、窓から顔を出して「仲良くしなさい」と言います。

家族というのは、こうして同じ景色を、少しずつ形を変えながら受け継いでいくものなのかもしれません。父のケーキも、母の手紙も、台所の窓も、私の中にちゃんと残っています。

特別なことは何もない、普通の家族の話です。最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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